碌山美術館報総目次

創刊号 昭和55年3月31日発行 
所四出男「館報の発刊に際して」1
「紹介コーナー」(講演会、常勤職員)1
「自由に綴る参観者のノートから」(TOM、京都の女の子、全日空SW)1
大倉源一郎「館報創刊を祝して」2
「碌山生誕百年を迎えて 記念ん特別展・記念講演会を開催」2
三沢平八 「『荻原守衛の人と芸術』に想う」  3
「来館者からの手紙」(広瀬敏行、弘田キミ)3
「昭和五十四年度収蔵作品」4₋5
山崎文麿「安曇野の象徴」4
「友の会員から」(水谷賢司、坂田博)5
「昭和五十四年度日誌抄」6₋7
藤原春美「自己研修「彫刻の森美術館」を見て」7
「来信の中から」(相馬和、渋沢雅英、吉川清一)8
降籏寿一郎「あとがき」8
  
第2号 昭和56年5月10日発行 
新館建設委員会「新館建設の基本構想成る」1
「カラースライド『碌山の芸術』編集成る」1
「書翰の裏うち 一志冨美子氏による」1
「新たに三つの諸規定を設ける」1
基俊太郎「建築考」2
山田芳弘「守衛と井口喜源治 師友同行の旅」2
所四出男「孤雁と碌山」3
「孤雁略年譜」3
斎藤茂 「矢原時代の碌山館」(資料紹介)4
「新刊紹介 南安曇教育会編『井口喜源治と研成義塾』」4
「来信の中から」(田倉黄波、無名子、高橋亜左子)5
「中学生の見学記 波田中学校」(百瀬法子、宮下真由美)5
矢口公子「成就院を尋ねて」6
「50万円の大口寄付 碌山の書翰研究最初の着手者中沢虎雄先生より」6
「実り多かった美術館めぐり~第二回役員研修旅行~」6
「役員研修旅行について」6
「昭和五十五年度日記抄」7₋8
館報編集部「館報編集の方針」8
降籏寿一郎「あとがき」8
  
第3号 昭和57年5月25日発行 
「建設の大事業大いに進む」1
鈴木栄治「碌山美術館新館新築工事にあたって」2
「収蔵彫刻作品一覧表」2
「第3回役員研修旅行小布施・長野へ=S56・4・26=」2
北川太一  「守衛と光太郎」3
「光太郎より守衛あてのはがき」4
高村光太郎「荻原守衛」4
「新収蔵の光太郎の彫刻作品」4
「高村光太郎略年譜」4
山崎英樹 「美術館と美術教育」5
荻原清美「安曇野の旅」5
「紹介新規採用職員」5
内山朝子「碌山美術館を見学して」6
寺島郷子「碌山美術館」6
鈴木恵美「碌山美術館の清掃に参加して」6
「造園の一部手入れ」6
「昭和五十六年度日記抄」7
「銀盤(柳敬助氏)」8
編集部「柳文治郎氏より油絵二点寄贈される」8
降籏寿一郎「あとがき」8
  
特集号 昭和58年1月20日発行 
「新館建設の大業成る」1
所四出男「挨拶」1
「新館建設の概要」2
「落成行事盛大に行われる 八月一日 大安吉日」3
降籏寿一郎(副館長)「経過報告」3
大倉源一郎(理事長)「式辞」4
越山金平(清水建設株式会社専務取締役)「挨拶」5
「奉仕作業で汗を流した穂高北小の子たち」5
原田実( 東京国立博物館資料部長)「来賓祝辞」6₋7
高山勇(穂高町々長)「祝辞」7
荻原孝子(副館長)「閉式の辞」7
仁科惇(信州大学教授)「新館落成記念講演「碌山とその系譜」8₋12
降籏寿一郎「あとがき」12
  
第4号 昭和58年5月15日発行 
「座談会 創立当時を語る」(松田吉辰、横澤正彦、大倉源一郎、高島国俊、田内正典、浅川吉明、柳沢広、所四出男、荻原孝子、降籏寿一郎、望月元誉)1₋5
安江真理子「見ることはいのち……」
松田吉辰「創設当時の思い出」
三木多門「開館のころ」
基俊太郎「あの頃」7₋8
所四出男「前室の大机」               
望月薫雄 「碌山美術館によせて」8₋9
福岡香「生徒たちの声」9₋10
「中学生の見学記」(小林千恵美、水橋真弓)10
「勤労奉仕のこどもたち」(手塚智美、望月尚美、杉浦美和、青木恵美、山田光輝) 10
「昭和五十七年度館誌抄」11₋12
降籏寿一郎「あとがき」12
「館の歩み」12
  
館報第5号 昭和59年7月20日発行 
巻頭写真 《女立像》(喜多武四郎、1934年)   
基俊太郎「喜多さんの彫刻―喜多武四郎「女立像」建立に寄せて―」1₋3
「昭和五十九年度の主な事業」3
「初代館長平林盛人氏の墓参」3
横沢正彦「墓前に捧ぐ」3
所四出男「「順子像」について」4
「昭和58年度を顧みて 柳敬助展の開催」5
「柳文治郎氏の手紙」5
「柳雪子さんの手紙」5-6
「柳敬助集の刊行―業績と生涯ー「柳敬助宗」」(『信濃毎日新聞』昭和五十八年七月十八日)6
「柳敬助の画業 安曇野の碌山美術館が資料の出版や作品展)(『朝日新聞』昭和五十八年七月三十日掲載)6
遠藤徹夫「碌山美術館と悌二郎」(郷土誌『あさひかわ』No.218掲載)7
千野博之「碌山美術館」              7
片山真「碌山美術館の皆様へ」7-8
斎藤和子「学芸員実習をして」8-9
宮崎美代子「収穫得た研修旅行」9
池原美恵子「黒光そして碌山」9
三井嘉子「碌山美術館の皆様へ」9-10
「碌山クラブ会員を募る」10
「昭和五十九年度役職員」10
「昭和五十八年度日記抄」11-12
  
第6号 昭和60年7月20日発行 
巻頭写真 《立てる女》(戸張孤雁、1911年)       1
基俊太郎「「立てる女」」1
「守衛の日誌」(前置き所四出男)(資料紹介)       2-10
基俊太郎「中嶋・江崎遺作展」10-12
「中村伝三郎先生の御講演「荻原守衛研究のあれこれ」」(発刊予告)12
所四出男「石井鶴三の手紙」12-13
「昭和六十年度事業計画」13
「昭和六十年度役職員ほか」13
 高橋一生「碌山美術館」(『米沢文化」第14号より)           14
今田慎治「「碌山美術館」の紹介」14
「昭和五十九年度日記抄」15-16
  
第7号 昭和61年6月1日発行 
巻頭写真 《虚無》 (戸張孤雁、1920年)    1
基俊太郎「「虚無」」1
「戸張孤雁展の開催」2
「孤雁遺集の復刻頒布」2
「守衛の日誌(続)」(資料紹介)3-5
「明治三十四年(小手帳に記載しあり)渡米日記」(資料紹介)5-6
「手紙」(明治36年4月頃)(資料紹介)6
本間正義「荻原守衛とロダンの系列」(昭和60年9月14日講演録)  7-14
「昭和六十一年度役職員ほか」14
「昭和六十年度日記抄」15-16
  
第8号 昭和62年7月1日発行 
巻頭写真 《猫》(石井鶴三、1938年)      1
基俊太郎「新収蔵作品「猫」」1
所四出男「三十年目」2
菅沼知至「碌山忌」(昭和58年4月22日)2
三木多聞「戸張孤雁とその時代」(昭和61年9月21日講演会記録)3-6
中村傳三郎「荻原守衛研究のあれこれ(一)」(昭和59年11月11日講演録)6-11
「荻原氏の美術談」(『絵画叢誌』第253号所載)(資料紹介)11-12
「将来の彫刻」(『絵画叢誌』第273号所載)(資料紹介)12-13
「彫刻家の絵画論」(『絵画叢誌』第275号所載)(資料紹介)13-14
「時の流れ」(横沢正彦、今井兼次、菅沼知至、三浦豊吉、中沢虎夫への追悼)14
「昭和六十二年度役職員ほか」14
「昭和六十一年度日記抄」15-16
  
第9号 昭和63年7月1日発行 
巻頭写真 《老母寿像》(戸張孤雁、1916年)    1
基俊太郎「新収蔵作品・老母寿像」1
所四出男「開館三十周年記念 中原悌二郎展を終えて」2
 近藤嘉助「叔父中原悌二郎の思い出」2-3
「笹村草家人から宮腰のぶ宛書簡」(昭和26年4月11日消印)3
荻原孝子「碌山美術館開館三十周年を迎えて 碌山館の頃の思い出」4-8
中村傳三郎「荻原守衛研究のあれこれ(二)」(昭和59年11月11日講演録)9-12
「故荻原守衛氏の手記」(『現代の美術』第3巻第4号 大正9年6月1日掲載)
(新資料紹介)
12-14
戸上清美 「荻原碌山―女―」            14
「昭和六十三年度役職員ほか」14
「昭和六十二年度日記抄」15-16
第10号 平成元年7月1日発行 
巻頭写真 《婦人像Ⅱ》(柳敬助、制作年不詳)   1
基俊太郎「柳敬助新収蔵作品より」1
一志開平「碌山芸術の根源にあるもの」2
「『柳敬助展』について―新収蔵作品を中心として― 」3
歌田真介「柳敬助作品修復報告」4-8
基俊太郎「「中原悌二郎展」記念講演 悌二郎の芸術に思う」8-13
喜多武四郎「戸張孤雁の事ども」(資料紹介)13-14
戸張孤雁「荻原碌山を憶ふ 今日がその十四回忌」14-15
「昭和六十三年度日記概抄」16
「昭和六十三年度役職員ほか」16
  
第11号 平成2年7月10日発行 
巻頭写真 《松原松造坐像》(喜多武四郎、1934年)  1
基俊太郎「新収蔵作品・松原松造坐像」1
一志開平「碌山芸術の根源にあるもの(二)―凝縮への眼差し―」2
千田敬一「松原松造先生に聞く」3-8
千田敬一「ロダン美術館に残っている荻原守衛関係資料について」9-23
五十嵐久雄 「アカデミー・ジュリアンに学ぶ、日本人留学生の記録から」24-32
「未完「荻原守衛の首」について」33-35
「『碌山作 安曇鋳』について」35-38
「古藤正雄宛・笹村草家人書簡」39-40
「平成元年度新収蔵作品」40
「平成二年度役職員ほか」40
  
第12号 平成3年7月10日発行 
巻頭写真 《綾瀬川の夕暮》(長尾杢太郎、1902年頃)  1
基俊太郎「新収蔵作品「綾瀬川の夕暮」」1
一志開平「碌山芸術の根源にあるもの(三)―ロダンと碌山の自然観―」2
保田春彦 「再興初期の院展の彫刻家たち―悌二郎の「保田氏像」と父保田龍門―」3-13
千田敬一「ー研究資料ー山本豊市滞欧書簡(一)」14-20
濱谷一梅「いま、なぜ喜多武四郎か」21-27
中村傳三郎「「ロダン先生 藤川勇造」について」28-30
山浦健夫「パリにある藤川勇造関係の手紙―ロダン美術館所蔵の資料から―」30-36
「平成二年度新収蔵作品」36
「平成三年度役職員ほか」36
  
第13号 平成4年9月1日発行 
巻頭写真 《園田幸吉胸像》(高村光太郎、1915年)  1
基俊太郎「新収蔵作品「園田孝吉胸像」」1
一志開平「碌山芸術の根源にあるもの(四)―感性と理性の融合―」2
望月早智子 「『石井鶴三展―東京芸術大学時代を中心として―』開催について」3
千田敬一「田中太郎氏に聞く」4-8
半藤政衛「木村五郎先生を憶う」9-10
淀井敏夫「碌山忌記念講演「碌山美術館と私」」(平成3年4月21日講演録)11-15
仁科惇「荻原碌山のアメリカ時代」(平成2年11月18日講演録)16-28
学芸部門「彫刻家稲垣吉蔵について シモーヌ・ジャン・ラフォースさんに聞く」29-33
千田敬一「―研究資料―山本豊市滞欧書簡(二)」34-46
「〈研究資料〉鹿子木孟郎より斎藤与里宛書簡」46
千田敬一「館報十一号関係資料補遺」47-49
「平成三年度新収蔵作品及び資料について」50
「平成四年度役職員ほか」50
  
第14号 平成5年9月1日発行 
巻頭写真《海鳥を射る》(藤川勇造、1932年)  1
基俊太郎「新収蔵作品「海鳥を射る」」1
一志開平「碌山芸術の根源にあるもの(五)―両洋の眼「彫刻真髄」―」2
望月早智子「長尾杢太郎特別展示について」3
小林尚雄「彫刻家中村直人先生の思い出」4-12
山浦健夫「教え子の語る藤川勇造」12-15
濱谷一梅「寒泉・喜多武四郎考」16-22
永沼孝致「荻原守衛と田中正造」23-27
北川太一「碌山忌記念講演「荻原守衛と高村光太郎」(平成4年4月26日講演録)28-44
長野英夫「「石井鶴三展」講演会「思い出づるまゝ 九年間の鶴三先生の御身辺より」(平成4年10月18日講演録)45-61
千田敬一「―研究資料―山本豊市 滞欧書簡(三)」62-72
千田敬一「荻原守衛と共に五来欣造から美術史の講義を受けた農商務省海外実業練習生本保義太郎・出口清三郎の資料と考察」72-81
千田敬一「太平洋画会と、第八回展覧会目録の荻原守衛遺作を中心とした考察」82-91
「平成四年度新収蔵作品について」91-92
「平成四年度収蔵資料及調査協力について」92
「平成五年度役職員ほか」92
  
第15号 平成6年9月20日発行 
巻頭写真 《原田恭平(聚文)像》(佐藤朝山、1915年))1
基俊太郎「新収蔵作品「原田恭平(聚文)像」」1
柳沢廣「「白樺」運動と荻原守衛(一)」2
千田敬一  「「笹村草家人」展開催について」3
柳沢廣「中村傳三郎先生逝かれる」4
千田敬一「中村傳三郎先生のこと」4
林誠「資料研究 一九〇四年・ロンドン―中村不折旧蔵資料をめぐって―」5-10
尾澤正殻「村田徳次郎先生 芸大・基礎実技担当のころから」11-17
青木茂「碌山忌記念講演「荻原守衛と不同舎時代」」(平成5年4月25日講演録)18-30
濱谷一梅監修、望月早智子訳「ウォルター・パッチ著『絵画、この不思議なるもの―美術界の四十年』荻原守衛」31-37
千田敬一「―研究資料― 山本豊市滞欧書簡(四)」38-49
千田敬一「橋本平八未調査資料から」50-54
千田敬一「荻原守衛収集の写真・印刷美術関係資料について」55-69
「役員研修旅行「戸張弧雁と大正期の彫刻」展を観て」(望月力、吉池光則、小池愛、高山智子)70-72
「平成六年度役職員ほか」72
  
第16号 平成7年9月15日発行 
巻頭写真 《農夫》(木村五郎、制作年不詳)  1
基俊太郎「新収蔵作品「農夫」」1
柳沢廣「悠久なるものわれを導く」2
千田敬一 「近代彫刻における複製の問題 ―荻原守衛関係作品の事例をもとに―」3-9
千田敬一「佐藤朝山について 柳沢基夫・宮本理三郎・横田七郎各氏に聞く」10-43
陰里鉄郎「碌山忌記念講演会「荻原守衛と日本の近代彫刻」(平成6年4月22日講演録)44-56
泉宏尚「笹村草家人展講演会 「笹村草家人の思い出」」(平成6年10月16日講演録)57-63
学芸部門編「中村傅三郎「近・現代日本の彫塑」主要著作目録」64-70
柳沢廣「「白樺」運動と荻原守衛(二)」71-73
千田敬一「―研究資料―山本豊市滞欧書簡(五)」74-80
千田敬一「戸張弧雁の新資料について」81-84
「平成七年度役職員ほか」84
  
第17号 平成8年10月15日発行 
巻頭写真《横座婦》(喜多武四郎、1934年)     1
基俊太郎「喜多武四郎作「横坐婦」について」1
柳沢廣「四十年目を前に」2
飯田達夫「荻原守衛の人体デッサン」3-13
酒井忠康「碌山忌記念講演記録「わたしの中の彫刻」(平成7年4月23日講演)14-28
千田敬一「〈研究資料〉堀進二懐中日記(上)」29-42
一志開平「豪胆で清廉な人  横沢正彦先生を偲ぶ」43-44
柳沢廣「「白樺」運動と荻原守衛(三)」45-48
永沼孝致「荻原守衛と津田青楓」49-50
学芸部門「荻原守衛から津田青楓宛て書簡について」51
学芸部門「荻原守衛関係資料補遺」(河野桐谷「荻原守衛氏遺作の印象」、岡田孤煙「噫荻原守衛君」、三周忌写真、荻原守衛生家平面図)52-56
千田敬一「ー研究資料ー山本豊市滞欧書簡(六)」57-64
「平成八年度役職員ほか」64
  
第18号 平成9年10 月20日発行 
巻頭写真 《十和田裸婦像のための中型試作》(高村光太郎、1953年)1
基俊太郎「「十和田裸婦像のための中型試作」について」1
柳沢廣「自由・平等・献身」2
柳沢秀行「そろそろ腑分けの時か―「平櫛田中」と「美術」―」3-7
宇津恭子「碌山忌記念講演会記録「相馬黒光―戦時中の日記・随筆をめぐって―」(平成8年4月21日講演)8-16
千田敬一「ー研究資料ー山本豊市滞欧書簡(七)」17-26
柳沢廣「「白樺」運動と荻原守衛(四)」27-29
千田敬一「〈研究資料〉堀進二懐中日記(中ノ一)」30-36
「平成九年度役職員ほか」36
  
第19号 平成11年1月20日発行 
巻頭写真《くもり》(戸張孤雁、1917年) 1
基俊太郎「「戸張孤雁作〈くもり〉の一点」1
柳沢廣「特別企画「高村光太郎 智恵子展」を終えて」2
千田敬一「荻原守衛関係自筆片資料及び論説資料補遺」(自筆断片、「懐中日記」ほか)3-6
井上智恵子「清水多嘉示の諏訪時代」7-8
千田敬一「―研究資料―清水多嘉示滞欧書簡(一)」9-23
濱谷一梅「F・ロートン著「オーギュスト・ロダンの生涯と作品」について」24-25
千田敬一「〈研究資料〉堀進二日記(中ノ二)」26-36
「平成十年度役職員ほか」36
第20号 平成12年3月25日発行 
巻頭写真 《少女踊》(石井鶴三、1933年)  1
基俊太郎「石井鶴三作「少女踊」について」1
柳沢廣「全国博物館大会に参加して」2
千田敬一「〈資料〉石井鶴三から村松秀太郎宛葉書、「つくまのなべ」について」           3
「碌山忌講演会のご案内」3
鶴田煕「谷中・霊梅院物語 ―周恩来・保田龍門・中村彝―」4-7
千田敬一「〈研究資料〉本保義太郎懐中日記(一)」8-13
一志開平「森鴎外的発想の大倉源一郎先生」14-16
千田敬一「川村吾蔵作「大東亜」について」 16
千田敬一「〈研究資料〉 堀進二懐中日記(中ノ三)」17-23
「〈荻原守衛関係資料>内藤伸「現代の彫塑と院展」」(資料紹介)24
千田敬一「―研究資料― 清水多嘉示滞欧書簡(二)」25-33
井上智恵子「関係参考資料」33-36
「平成十一年度役職員ほか」36
  
第21号 平成13年3月15日発行 
巻頭写真《三浦氏像》(喜多武四郎、1933年)  1
基俊太郎「喜多武四郎作「三浦氏像」について」1
柳沢廣「官邸の絵」2
基俊太郎「喜多武四郎ノート」3-4
眞桐耕一「戸田梅笛《薄明》(ジョルジユ・ピトエフの胸像)について」4-5
柳沢廣「「白樺」運動と荻原守衛(五)―碌山の研究・顕彰と美術館建設―」6-10
千田敬一「〈研究資料〉中村画室倶楽部関係資料について(一)」11-22
千田敬一「〈研究資料〉堀進二懐中日記(中ノ四)」23-29
千田敬一「〈研究資料〉本保義太郎懐中日記(二)」30-34
千田敬一「荻原本十と浅草橋」35-36
「碌山忌記念講演会のお知らせ」36
「平成十二年度役職員ほか」36
  
第22号 平成14年3月15日発行 
巻頭写真《画家の像》(佐藤朝山、1927年) 1
基俊太郎「新収蔵 佐藤朝山作「画家の像」」1
基俊太郎「カタルシス(catharsis)」2
仁科惇「フィレンツェの天使マグダレン」3-5
「名誉副館長荻原孝子さん逝去」6
斎藤茂『わが日わが道』(碌山館の述懐)6-7
幅谷啓子「荻原守衛日記に見る絵画への取り組み―上京前―」8
千田敬一「〈研究資料〉中村画室倶楽部関係資料について(二)」 9-18
千田敬一「〈研究資料〉堀進二懐中日記(下)」19-31
「平成十三年度新収蔵作品・資料について、役職員ほか」32
  
第23号 平成15年3月15日発行 
巻頭写真《塑造習作写真》(荻原守衛、1907年)  1
基俊太郎「新収蔵 一枚の写真」1
柳沢廣「彫刻家の矜持」2
仁科惇「荻原守衛英文書簡について  ―ウォルター・パック関係資料より」3-16
榊原好恭「荻原守衛・青春日記(一)『つくまのなべ』―新解釈つき―」17-28
山田芳弘「碌山一周忌での望月桂のスケッチ」29-30
幅谷啓子「表紙 新収蔵一枚の写真について」31
「平成十四年度新収蔵作品・資料」31-32
「平成十四年度役職員ほか」32
  
第24号 平成16年3月15日発行 
巻頭写真《法々華経》(斎藤与里、1909年) 1
山田芳弘「碌山没後百年・開館五十年に向けて」1
幅谷啓子「特別企画展 碌山の海外修行―ニューヨークの画学生―」3-10
幅谷啓子「ニューヨークの守衛調査行(美術学校調査記録、フェアチャイルド家)」 11-19
仁科惇「荻原守衛英文書簡について・続 ウォルター・パック関係資料より」20-27
榊原好恭「荻原守衛・青春日記(二)『つくまのなべ』―新解釈つき―」28-39
 基俊太郎「「新毎賞」祝賀会講話録 碌山美術館の歩みから 」(平成15年7月12日)40-41
幅谷啓子「守衛の所蔵品『法々華経』について」42
「太平洋画会展覧会合評」(資料紹介)42-50
「平成十五年度日記抄」51
「平成十五年度新収蔵作品・資料」52
「平成16年度碌山忌・特別展他ご案内」52
  
第25号 平成17年3月15日発行 
巻頭写真《アレッツオ》(荻原守衛、1908年) 1
基俊太郎「碌山の画帖から」1
山田芳弘「本立って道生ず」2
飯田義國「九十四回碌山忌記念講演会講演記録「碌山と私と西洋」」(平成16年4月22日)3-7
幅谷啓子「九十四回碌山忌研究発表 荻原守衛絵画作品の考証―改題と亡失作品について―」8-13
笹村草家人「碌山の彫刻と人柄」(資料紹介)14-17
「美術館講座 ストーブを囲んで「笹村草家人を語る」」(平成17年2月11日)(幅谷啓子、基俊太郎、松野幸穂、一志開平、成沢嘉彦、白沢多郎、等々力美貞、奥原和子、古幡摂良、江﨑園子、池井勝行、降旗正幸、横田修英、小林功、野口卯年夫、原田憲一、田中繁雄、清沢久、千村仁武、泉宏尚、腰原利由、前田善次、柳沢廣)18-29
榊原好恭「荻原守衛・青春日記(三)『つくまのなべ』―注釈つき―」30-41
幅谷啓子「特別企画展   彫刻家「碌山」の誕生―パリ時代の荻原守衛―」42-46
「平成十六年日記抄」47
「生誕一二〇年記念斉藤与里展」(案内)48
「平成十六年度役職員ほか」48
  
第26巻 平成18年3月15日発行 
巻頭写真《スキーヤー》(基俊太郎、 1979年)1
佐藤覚「「スキーヤー」基俊太郎作」 1
所賛太「ターニングポイント」2
柳沢廣「碌山美術館の屋台骨だった基俊太郎先生を偲ぶ」3-4
中村誠「生誕一二〇年斎藤与里展―優彩の風物詩ー記念講演会「近代洋画の騎手・斎藤与里の評論と画業」」5-14
幅谷啓子「画学生・若き日のパリ物語『草笛』斎藤与里日記 一九〇七年(上)」15-26
窪島誠一郎「九十五回碌山忌記念講演 夭折の芸術家たち」(平成17年4月22日)27-35
榊原好恭「荻原守衛・青春日記(四)『つくまのなべ』―新注釈つき―」36-49
幅谷啓子「碌山研究 荻原守衛がアカデミー・ジュリアンで制作した彫刻二十五点の検証」50-60
所賛太、勝野伯一、仁科惇、山崎文麿「美術講座 ストーブを囲んで 「井口喜源治を語る」」(平成17年11月19日)61-70
「平成十七年日記抄」71
「平成十八年度秋季特別企画展「基俊太郎展」」(案内)72
「平成十七年度新収蔵作品、役職員ほか」72
  
第27号 平成19年3月15日発行 
巻頭写真《塑造習作写真》(荻原守衛、1907年)  1
仁科惇「老いたる労働者」1
所賛太「来年度の課題」2
北川太一「「高村光太郎と荻原守衛の交友―美と心を求めた二人ー」展記念講演「荻原守衛と高村光太郎ーその美の系譜ー」」(平成18年8月19日)3-14
榊原好恭「荻原守衛・青春日記(五)『つくまのなべ』―新注釈つき―」15-28
赤羽康男「九十六回碌山忌記念講演 臼井吉見の『安曇野』と碌山」29-38
仁科惇「ストーブを囲んで「碌山と相馬愛蔵・黒光を語る」」39-47
幅谷啓子「画学生・若き日のパリ物語 『草笛』(中)斎藤与里日記 一九〇七年」48-62
「平成十八年日記抄」63
「平成十九年度企画、」64
「平成十八年度新収蔵資料、役職員ほか」64
  
第28号 平成20年3月15日発行     
巻頭写真「建設途中の碌山美術館」     1
今井兼介「開館五十周年に思う」1
所賛太「開館五十周年記念事業」2
山田芳弘 「碌山美術館五十年の歩み 貫ぬく敬愛の心」3-5
柳沢廣「生誕一二〇年「石井鶴三と信州―立体感動をつたえる力―」展 記念講演「巨人石井鶴三の信州へのこだわりと追及」」(平成19年10月14日)6-14
榊原好恭「荻原守衛・青春日記(六)『つくまのなべ』―新注釈つき―」15-30
幅谷啓子「碌山研究     荻原守衛の蔵書書き込み(上)」31-37
仁科惇、榊原好恭、荻原義重「ストーブを囲んで「碌山を支えた家族」を語る」(平成19年12月8日)38-49
幅谷啓子「画学生・若き日のパリ物語 『草笛』(下)斎藤与里日記 一九〇七年」50-58
「平成十九年日記抄」59
「碌山美術館開館五十周年記念事業 平成二十年度企画」60
「平成十九年度新収蔵作品、役職員ほか」60
  
第29号 平成21年3月31日発行  
巻頭写真 《習作Ⅲ》(戸張孤雁、制作年不詳)      1
幅谷啓子「戸張孤雁の未発表の石膏像」1
所賛太「美術館冬の時代」2
今井兼介 「開館50周年記念講演会 建築家今井兼次の世界―碌山美術館設計者のこころ―」3-16
榊原好恭「荻原守衛・青春日記(七)『つくまのなべ』―新注釈つき―」17-33
仁科惇「夏季企画展 碌山物語Ⅴ 「愛と美に生きる―新宿角筈時代―」展記念講演「新宿時代の碌山」」34-43
幅谷啓子「碌山研究    荻原守衛の蔵書書き込み(下)」44-55
武井敏「ストーブを囲んで 『彫刻真髄』を編纂し碌山の芸術を守った「戸張孤雁を語る」」56-65
「平成二十年日記抄」66
所賛太「 碌山美術館開館五十周年記念事業『荻原守衛作品集』刊行にあたって 」67
「平成二十一年度企画」68
「平成二十年度新収蔵作品・役職員ほか」68
第30号 平成22年3月15日発行  
巻頭写真《自画像》(戸張孤雁、制作年不詳)(新収蔵作品)    1
柳沢廣「戸張孤雁留学期の「自画像」」1
所賛太「荻原守衛没後一〇〇年にあたって」2
広井力「碌山忌記念講演会 私の中の彫刻史―イサム・ノグチとの出会い―」3-10
榊原好恭 「荻原守衛・青春日記(八)『つくまのなべ』―新注釈つき―」11-31
仁科惇「夏季企画展記念講演会   明治女学校と荻原守衛」32-41
仁科惇、武井敏「ストーブを囲んで「ウォルター・パッチ」を語る」42-50
「平成二十一年日記抄」51
「平成二十二年度企画」52
「平成二十一年度新収蔵資料、役職員ほか」52
  
第31号 平成23年3月25日発行  
巻頭写真《女》(石膏原型)(荻原守衛、1910年)          1
仁科惇「《女》近代日本の阿修羅像」1
所賛太「荻原守衛没後百年の年を顧みて」2
幅谷啓子 「荻原守衛没後百年記念 新宿中村屋サロンの美術家たち展―生命の芸術表現と思潮―」 3
碌山忌記念シンポジウム「荻原守衛《女》の全貌」(2010年4月25日)
 仁科惇「《女》、動機と構想」(5₋13)/酒井良「《女》、その造型」(13₋23)/
 五十嵐久雄「石膏原型調査報告」(23₋31)/井野雅文「技術者の立場から」(32₋34)
 丸尾リサ「荻原守衛とフランス」(34₋41)/武井敏「《女》、その後」(42₋47)
4₋47
榊原好恭「荻原守衛・青春日記(九)『つくまのなべ』―新注釈つき―」48-60
五十嵐久雄「荻原守衛の病気既往と急逝」61-72
仁科惇、幅谷啓子「美術講座 ストーブを囲んで「碌山の友人斎藤与里」を語る」73-82
「平成二十二年日記抄」83
「平成二十三年度企画」84
「平成二十二年度新収蔵作品、役職員ほか」84
  
第32号 平成24年3月15日発行  
巻頭写真《裸婦坐像》(高村光太郎、1917年)(新収蔵作品)1
仁科惇「高村光太郎《裸婦坐像》」1
所賛太「激動の一年」2
鍋島稲子「碌山忌記念講演会 中村不折の生涯と芸術」(平成23年4月24日)3-18
榊原好恭「荻原守衛・青春日記(十・最終回)『つくまのなべ』―新注釈つき―」19-38
武井敏「インタビュー 石膏技術について 赤木喜三郎氏に聞く」39-44
柳沢廣、武井敏「美術講座 ストーブを囲んで《北條虎吉像》を語る」45-59
武井敏「荻原守衛の未発表書簡 翻刻と注釈」60-62
「平成二十三年日記抄」63
「平成二十四年度企画」64
「平成二十三年度新収蔵作品、役職員ほか、訂正文」64
  
第33号 平成25年3月15日発行  
巻頭写真《北條虎吉像》(石膏原型)(荻原守衛、1909年)     1
仁科惇「名作のもつ普遍性」1
所賛太「新しき出発・公益財団法人碌山美術館」              2
武井敏「碌山研究 荻原守衛のイタリア・エジプト旅行①―北イタリア篇―」 3-25
吉岡修一 「碌山忌記念講演会「新宿中村屋の創業者 相馬愛蔵・黒光の商人道と中村屋サロン」26-44
山田芳弘「追悼 一志開平先生  碌山の根源にあるものを求めた生涯」      45-47
所賛太、荻原義重「美術講座 ストーブを囲んで「荻原碌山研究委員会」を語る」48-62
「平成二十四年日記抄」63
「平成二十五年度企画」64
「平成二十四年度新収蔵作品、役職員ほか」64
  
第34号 平成26年3月15日発行  
巻頭写真《倉田雲平胸像》(高村光太郎、1954年)(新収蔵品)1
酒井良「倉田雲平胸像」1
所賛太「碌山美術館を支えるもの」2
武井敏「碌山研究 荻原守衛のイタリア・エジプト旅行②―フィレンツェ篇―」3-42
高村規「碌山忌記念講演会 伯父高村光太郎の思い出」          43-60
「美術講座 ストーブを囲んで「名誉副館長荻原孝子さん」を語る 碌山の芸術に捧げた生涯」(所賛太、荻原義重、柳沢廣、五十嵐久雄、奥原和子、仁科惇、幅谷啓子、江﨑園子、望月雄内、二木昌子)61-70
「平成二十五年日記抄」71
「平成二十六年度企画」72
「平成二十五年度新収蔵作品、役職員ほか」72
  
第35号 平成27年3月15日発行  
巻頭写真《杉山晸勇像》(基俊太郎、1950年)(新収蔵品)  1
横田修英「基俊太郎作《杉山晸勇像》」1
五十嵐久雄「白樺教育に思う」2
武井敏「碌山研究 荻原守衛のイタリア・エジプト旅行③―ローマ篇―」3-31
毛利伊知郎「碌山忌記念講演会 日本彫刻史上の橋本平八」32-44
保田春彦「孤高の彫刻家 基俊太郎」45-50
「美術講座 ストーブを囲んで「基俊太郎」を語る」(平成26年11月8日)
(武井敏、五十嵐久雄、横田修英、基俊子、柳沢廣、基敦、牧保夫、阪井修、佐藤和子、伊豆村房一)
51-65
「荻原守衛書簡集刊行にあたって」66
「平成二十六年日記抄」67
「平成二十七年度企画」68
「平成二十六年度新収蔵品、役職員ほか」68
  
第36号 平成28年3月15日発行 
巻頭写真《十和田湖国立公園功労者記念碑のための裸婦像(小型試作)》(高村光太郎、1952年)(新収蔵品)1
酒井良「小型試作」1
五十嵐久雄「表現の時代性」2
武井敏「碌山研究 荻原守衛のイタリア・エジプト旅行④―エジプト篇―」3-21
仁科惇「碌山忌記念講演会 荻原守衛の書簡をめぐって」22-32
内川美徳、伊藤正住、五十嵐久雄「美術講座 ストーブを囲んで「臼井吉見の荻原守衛考」を語る」33-45
「平成二十七年日記抄」46
「平成二十八年度企画」「平成二十七年度新収蔵品」47
「特別企画展「高村光太郎-彫刻と詩-」展」(案内)48
「平成二十七年度役職員ほか」       48
  
第37号 平成29年3月15日発行 
巻頭写真《薄命児男子頭部》(高村光太郎、1905年)(新収蔵品)  1
仁科惇「高村光太郎の詩魂を見る」1
五十嵐久雄「ロダン没後百年に思う」2
武井敏「新資料紹介 荻原守衛書簡発見報告」3-17
荻原守衛「資料紹介 予は欧米婦人を如斯判断する」18-19
武井敏、有村麻里「荻原守衛デッサン修復報告」20-24
武井敏、濱田卓二「美術講座 ストーブを囲んで「荻原守衛 パリ時代の交友」を語る」25-49
小山弘明「高村光太郎展記念講演会「高村光太郎作《乙女の像》をめぐって」」50-58
「平成二十八年日記抄」59
「平成二十九年度企画」60
「平成26年度新収蔵品、役職員ほか」60
  
第38号 平成30年3月15日発行 
巻頭写真《花あそび》(斎藤与里、1950年)(新収蔵品)1
仁科惇[画面構成の確かさ」1
五十嵐久雄「次代の美術館へ」2
所賛太「開館六〇周年を迎えるにあたって~次の還暦に向かって再び出発~」3-4
「開館六〇周年記念インタビュー 初代受付 奥原和子さんに聞く」5-9
酒井良「ロダンと荻原守衛」10-21
五十嵐久雄「荻原守衛のロダン訪問の考察」22-34
小山弘明、武井敏「美術講座 ストーブを囲んで「荻原守衛と高村光太郎の交友」を語る」35-50
「平成二十九年日記抄」51
「平成三十年度企画」52
「平成二十九年度役職員ほか」52
  
第39号 平成31年3月15日発行 
巻頭写真《坑夫》(石膏原型)(荻原守衛、1907年)1
五十嵐久雄「日本近代彫刻の扉」1
高野博「開館六〇周年に想うこと」2
武井敏「新資料紹介 荻原守衛書簡発見報告2」3-6
平林伊三郎「碌山美術館開館六〇周年記念講演会「父 平林盛人の生涯を想う」」7-18
藤森照信「碌山美術館開館六〇周年記念講演会「碌山美術館の建築と建築家について」」19-36
武井敏「美術講座 ストーブを囲んで「荻原碌山研究委員会委員長 横沢正彦を語る」」37-48
武井敏「美術講座 新しい女」 49-64
武井敏「『荻原守衛日記・論説集』の刊行」65-66
「平成三十年日記抄」67
「平成三十一年度企画」68
「平成三十年度役職員ほか」68
第40号 令和2年3月15日発行 
巻頭写真《遥》《海》(油彩)(荻原守衛、制作年不詳)1
幅谷啓子「荻原守衛の海景画」1
高野博「芸術の聖地」2
荻原義重、奥原和子、小林功、「昭和三十六年 皇太子ご夫妻の碌山美術館訪問」3-11
所賛太「追悼 五十嵐久雄前館長 黒子となり碌山美術館にすべてを捧げた生涯」12-16
篠田守男、武井敏、濱田卓二「篠田守男インタビュー」        17-42
「サポートメンバーシップ参加法人」43
「平成三十一年・令和元年日記抄」43
「令和二年度度企画」44
「令和元年度役職員ほか」44
  
第41号 令和3年3月25日発行 
巻頭写真《椅子に凭(よ)りて》(油彩)(柳敬助、1913年)1
武井敏「有神無我」1
高野博「美術館の宝」2
高野博「新型コロナウイルスに揺れた1年を振り返る」3-8
武井敏「碌山の顕彰に尽くした三人の彫刻家」9-14
「令和二年日記抄」15
「サポートメンバーシップ参加法人」16
「令和三年度度企画」16
「令和二年度役職員ほか」16
  
第42号 令和4年3月25日発行 
武井敏「生前鋳造」
幅谷啓子「令和の改修工事」
武井敏「《宮内氏像》について 」3-5
武井敏「荻原守衛のロダン訪問」6-14
武井敏「中原悌二郎の写真コレクション(一) 」15-20
山浦健夫「《若きカフカス人》と旧制新潟高等学校―中原悌二郎を支えた妻信の愛― 」21-31
武井敏「木村五郎の石膏原型―彫刻制作における星取り法、技法書等―」32-38
「令和三年日記抄」39
「サポートメンバーシップ参加法人」40
「令和四年度企画」40

「令和三年度役職員ほか」

40

 
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